名古屋地方裁判所 平成4年(ヨ)263号 決定 1992年7月03日
債権者
水野勉
同
森本利明
同
山田幸吉
同
青山茂
右四名代理人弁護士
渥美玲子
同
平松清志
同
水野幹男
同
竹内平
同
長谷川一裕
債務者
名海運輸作業株式会社
右代表者代表取締役
山本勲
右代理人弁護士
村本勝
同
四橋善美
右補助参加人
名港グループ労働組合
右代表者執行委員長
大西一彦
右代理人弁護士
田川耕作
主文
一 債権者らがいずれも債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 債務者は、平成四年五月以降本案判決確定に至るまで、毎月二五日限り、債権者水野勉に対し二五万円、同森本利明及び同山田幸吉に対し各自三三万円、同青山茂に対し二七万円を仮に支払え。
三 債権者らのその余の申立てをいずれも却下する。
事実及び理由
第一申立ての趣旨
一 主文第一項同旨
二 債務者は債権者ら各自に対し、平成四年四月以降毎月二五日限り別紙債権目録(略)記載の各金員を仮に支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 債務者は、港湾運送事業、一般貨物自動車運送事業などを業とし、資本金八〇〇〇万円、従業員数約七〇〇名を擁する会社であり、名古屋船舶株式会社、名港海運興産株式会社、名港陸運株式会社、ナゴヤシッピング株式会社らと共に、名港海運株式会社の関連子会社として名港グループを形成している。
2 債権者らは、いずれも昭和四五年ころから昭和五四年ころまでの間に債務者に雇用され、主に名古屋港管内で海上コンテナ貨物を運搬する貨物自動車の運転業務に従事してきた。
3 補助参加人は、名港陸運株式会社及び名港海運興産株式会社を除く前記名港グループに属する会社の従業員によって組織され、平成二年三月現在で組合員数約一五〇〇名を擁する労働組合で、名港海運株式会社及びその関連子会社である名港グループ各社との間で左記のようなユニオン・ショップ協定を締結している(以下「本件協定」という。)。なお、組合員が補助参加人組合を脱退した場合会社が解雇する旨の明文の規定は存しないが、本件協定はこれを前提とした条項である。
記
第四条 会社は、第五条に該当する者以外の従業員が組合員でなければならないことを承認する。但し、組合を脱退し、又は除名された者であって、会社がその解雇について特に異議ある場合には、会社は組合と協議する。
4 債権者らは、いずれも本件協定により、債務者に入社と同時に補助参加人組合に加入することとなったが、平成四年三月一八日、補助参加人組合を脱退した。
5 債務者は、債権者らに対し、平成四年三月三〇日付をもって債権者らを解雇する旨の意思表示をし、右意思表示は同日債権者らに到達した(以下「本件解雇」という。)。
二 争点
1 債権者らは、(ア)本件解雇の効力について、<1>本件解雇は本件協定によるものであるところ、債権者らは平成四年三月一八日補助参加人組合を脱退すると同時に全港湾労働組合に加入し、その名古屋支部で分会を結成しており、ユニオン・ショップ協定(以下「ユ・シ協定」という。)の効力は、債権者らのようにユ・シ協定締結組合から脱退しまたは除名されたが、別組合に加入しまたは新組合を結成した者には及ばないと解すべきであるから、本件解雇は理由のない解雇として無効である、<2>本件解雇は、補助参加人組合から債権者らの除名通告がなされる前に行われているから、債務者の就業規則の規定に反し無効である、(イ)債権者らは、いずれも扶養すべき家族を有し、債務者から支払われる賃金のみが生計の手段となっているから、保全の必要性も存在すると主張した。
2 債務者は、本件協定及びこれによる解雇を無効とする債権者の主張及び保全の必要性を争うとともに、<1>債務者就業規則(以下「本件規則」という。)には、解雇事由として第二二条三号に「会社の業務運営を妨げ又は故意に非協力的な者」、同条四号に「組合の除名」が規定されているところ、平成四年三月二一日、補助参加人組合輸送分会から債務者に対し、債権者ら四名を同分会から除名した旨の通知があり、補助参加人組合が右除名処分を大会において追認することが確実視されたこと、債権者らにはそれぞれ過去に業務命令違反等の事実があり右事実が本件規則第二二条三号に該当することから、本件解雇処分とした、<2>仮に、本件解雇処分の手続に瑕疵があるとしても、補助参加人組合は平成四年四月六日債権者ら四名を除名し、その旨債務者に通告してきたから、債務者は、債権者ら四名に対し、右通告後である平成四年五月二二日付をもって債権者ら四名を解雇する旨の意思表示をした(以下「本件予備的解雇」という。)と主張した。
3 補助参加人組合は、本件協定及びこれによる解雇を無効とする債権者らの主張を争った。
第三争点に対する判断
一 前記争いのない事実及び本件疎明資料によれば、本件解雇がなされるに至った経過は次のとおりであると一応認められる。
1 債権者らは、いずれも昭和四五年ころから昭和五四年ころまでの間に債務者に雇用されると同時に本件協定によって補助参加人組合の組合員となったが、補助参加人組合の従前の活動内容を不満として、平成四年三月一八日、補助参加人組合に対して同組合を脱退する旨の通知をすると同時に、債務者に対して補助参加人組合を脱退し全日本港湾労働組合東海地方名古屋支部名海運輸作業分会を結成する旨通知した。
2 債権者らは、同月一九日、債務者が本件協定の存在を理由に債権者らを解雇するおそれが大きいとの理由で、当裁判所に対し、債務者は債権者らが補助参加人組合を脱退したことを理由に債権者らを解雇してはならない旨の仮処分を申し立てた。(以下「本件仮処分申立て」という。)
3 他方、同日、補助参加人組合から債務者に対し債権者らが補助参加人組合を脱退した旨の通知があり、更に、同月二一日、補助参加人組合輸送分会から債務者に対し、同日同分会代議員会において債権者らを同分会から除名した旨通知がなされた。
右通知を受けた債務者は、この時点で本件協定と本件規制の解釈上債権者らを解雇せざるを得ないものと判断した。
4 平成四年三月二五日、当裁判所から債務者宛同月三一日午前一〇時から本件仮処分申立て事件の審尋を実施する旨の呼出状が送達されたが、債務者は同日の審尋期日に不出頭届を出したうえ出頭しなかった。
5 同月二八日、補助参加人組合輸送分会長から債務者に対し、同組合は同年四月六日の臨時大会で債権者らの件について審議することとなったが、組合統制違反者を臨時大会まで放置しておくのは問題なので、同年三月二一日付の同分会代議員会における除名決議に対する債務者の対応を急ぐよう申入れがなされた。
そこで、債務者は、債権者らの従前の勤務態度等も考慮したうえ、補助参加人組合の臨時大会を待たず、債権者らに対し、同月三〇日付をもって本件解雇の意思表示をした。
6 平成四年四月六日、補助参加人組合の臨時大会において債権者らをいずれも除名する旨の決議がなされ、右決議の結果は、同日同組合から債務者宛通告された。
二 ところで、右認定事実によれば、債務者が本件協定の存在を主要な根拠として本件解雇をしたことが明らかであるから、まず本件協定の存在を理由とした解雇の効力如何の点について判断する。
1 債務者は、本件規則(<証拠略>)第二二条四号に、解雇事由として「組合の除名」が規定されていることをもって本件解雇の根拠と主張している。
しかしながら、同号にいう「組合」とは、債務者との間で本件協定を締結している補助参加人組合を指すものであって、同組合内の一分会に過ぎない同組合輸送分会を含むものではないと解すべきである。
したがって、補助参加人組合臨時大会における債権者ら除名の決議を待たずに行われた本件解雇の根拠として、本件規則第二二条四号をいう債務者の主張は、その余の点を判断するまでもなく理由がないといわざるを得ない。
2 債務者は、予備的解雇の意思表示として、平成四年五月二二日付でなされた本件予備的解雇を主張しているところ、右意思表示が五月二五日に債権者ら代理人宛到達したことは当裁判所に顕著な事実であり、また、右意思表示が同年四月六日の補助参加人組合臨時大会における債権者らを除名する決議の後になされたことは前記認定事実から明らかである。
したがって、次に、本件協定の効力が債権者らに対して及ぶのかどうかについて判断する。
ユ・シ協定は、労働者が労働組合の組合員たる資格を取得せず又はこれを失った場合に、使用者をして当該労働者との雇用関係を終了させることにより間接的に労働組合の組織の拡大強化を図ろうとするものであるが、他方、労働者には、自らの団結権を行使するため労働組合を選択する自由があり、また、ユ・シ協定を締結している労働組合(以下「締結組合」という。)の団結権と同様、同協定を締結していない他の労働組合の団結権も等しく尊重されるべきであるから、ユ・シ協定によって、労働者に対し、解雇の威嚇の下に特定の労働組合への加入を強制することは、それが労働者の組合選択の自由及び他の労働組合の団結権を侵害する場合には許されないというべきである。したがって、ユ・シ協定のうち、締結組合以外の他の労働組合に加入している者及び締結組合から脱退し又は除名されたが、他の労働組合に加入し又は新たな労働組合を結成した者について使用者の解雇義務を定める部分は、右の観点から民法九〇条の規定により、無効と解すべきである。(最高裁平成元年一二月一四日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二〇五一頁)
そうすると、本件協定も、債務者との間でユ・シ協定を締結している補助参加人組合から除名されて全日本港湾労働組合に加入し、同組合東海地方名古屋支部名海運輸作業分会を結成した債権者らについて、債務者に解雇を義務づけている部分の限度で民法九〇条の規定により無効と解すべきであり、右解雇義務が存在しないにもかかわらず、本件規則第二二条四号に基づいてなされた本件予備的解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当なものとして是認することはできず、他に解雇の合理性を裏づける特段の事由がない限り、解雇権の濫用として無効であるといわざるを得ない。
債務者及び補助参加人組合は、本件協定が債権者らとの関係でも有効である理由として種々主張しているが、その主張は、ユ・シ協定締結組合の団結権は、同協定を締結していない他の労働組合の団結権よりも優遇されて然るべきであるとする価値判断を基本的前提とするものであると理解されるところ、右価値判断は前記のとおり当裁判所の採用しないところであるから、債務者及び補助参加人組合の右主張も採用することはできない。
三 次に、債務者は、本件解雇及び本件予備的解雇の根拠として、債権者らの従前の勤務態度等が本件規則第二二条三号にいう「会社の業務運営を妨げ又は故意に非協力的な者」に該当する旨主張するので、右主張の当否及び右主張事実が本件予備的解雇の合理性を裏づける特段の事由にあたるかどうかについて判断する。
1 債権者水野勉(以下「水野」という。)について
水野が支給された作業服について不服を言った事実については争いがないが、右事実は、解雇という重大な処分事由を規定した本件規則第二二条三号に該当するとは到底解し難い。
また、債務者は、水野が同僚に対して債務者の悪口をいいふらしたと主張するが、右事実を裏づけるに足りる疎明資料は存しないばかりか、悪口の内容も不明確であり、解雇という重大な処分事由を規定した本件規則第二二条三号に該当するとは認め難い。
更に、債務者は、水野が鈴木鉄夫班長の業務命令に従うことを拒否したと主張するが、水野の陳述(<証拠略>)に照らすと、それを業務命令違反として評価すべきものかどうかについて疑問の余地があるし、これによって債務者の業務運営にいかなる具体的な支障が生じたのかも明らかではなく(債務者が、昭和五六年以降従わないと主張しながら本件解雇まで何の処分もしてこなかったことに鑑みると、債務者の業務運営に支障が生じたのかどうか疑わしい。)、解雇という重大な処分事由を規定した本件規則第二二条三号に該当するとは認め難い。
2 債権者森本利明(以下「森本」という。)について
森本が自分の運転するトラクター内にテレビを設置していたことは争いがないが、トラクター運転中にテレビを見ていたという事実についてはこれを認めるに足りる疎明資料はない(桜間倖二の陳述(<証拠略>)も第三者からの伝聞に過ぎず、その第三者が誰なのかも不明である。)。
また、森本が無線連絡に応答しないことがあったことは認められるが、その時期、頻度及びこれによって債務者の業務運営にいかなる具体的な支障が生じたのかは明らかではなく、テレビ設置の事実と総合しても、解雇という重大な処分事由を規定した本件規則第二二条三号に該当するとは認め難い。
3 債権者山田幸吉(以下「山田」という。)について
山田が、<1>平成二年九月ころ以降数か月にわたって、早出作業及び夜間作業を断わったこと、<2>作業服をスポーツウェアに着替えてジョッ(ママ)キングをしたことがあったことは争いがないが、山田は、<1>の理由について、荷降し中に事故にあったことによる体調の不調と事故と対する恐怖心からであり、<2>についても手待ち時間中の出来事であると反論しており、(証拠略)の記載内容に照らしこの山田の弁解も一概に虚偽として排斥することはできないし、当時直ちに債務者から何らかの処分がなされたことが認められない点に照らすと、これによって債務者の業務運営に支障が生じたのかどうかについても疑問の余地があり、解雇という重大な処分事由を規定した本件規則第二二条三号に該当するとは認め難い。
4 債権者青山茂(以下「青山」という。)について
青山が自分の運転するトラクターのウィンドガラスに黒フィルムを張り付けていたことは争いがないが、右行為が道路交通法等の諸法令に形式的に該当するかどうかはひとまずおき、(証拠略)によって認められるその具体的態様は、フロントガラスの上端部約一〇センチメートル及び運転席の後部ウィンドガラスの上半部約二〇センチメートルの部分に直射日光を遮るための黒色透過フィルムを張り付けただけのもので、これによって視界の死角が広がるなどトラクターの運転に際して具体的な危険が生ずるものとは認め難い。
また、債務者は、青山が平成四年二月中旬以降合理的理由なく船側作業を拒否し、昭和五六年以降青山が鈴木鉄夫班長の配車命令に従うことを拒否したと主張するが、(証拠略)の記載内容に照らすと、それを業務命令違反として評価すべきものかどうかについて疑問の余地があるし、これによって債務者の業務運営にいかなる具体的な支障が生じたのかも明らかではなく(債務者が、昭和五六年以降従わないと主張しながら本件解雇まで何の処分もしてこなかったことに鑑みると、債務者の業務運営に支障が生じたのかどうか疑わしい。)、解雇という重大な処分事由を規定した本件規則第二二条三号に該当するとは認め難い。
四 以上説示したとおり、債務者が本件解雇及び本件予備的解雇の根拠として主張する事実は、いずれも本件規則第二二条三号にいう「会社の業務運営を妨げ又は故意に非協力的な者」に該当するとは認め難いし、本件予備的解雇の合理性を裏づける特段の事由にもあたらないというべきであるから、結局、本件解雇及び本件予備的解雇はいずれも合理的理由のない解雇として解雇権の濫用にあたり無効であるというべきである。
五 進んで保全の必要性について判断する。
(証拠略)及び審尋の結果等を総合すると、債権者らはいずれも債務者から支払われる賃金のみを唯一の生計の手段とする賃金労働者であると認められ、右賃金の支払が閉ざされると直ちに生活に困窮するものと推認するのが経験則に合致するというべきであること及び本件に現れた諸般の事情を総合し、債権者らが債務者から本件解雇直前の平成四年二月にそれぞれ支給された給料月額(皆勤手当及び時間外手当等の各種手当を含む。金額は別紙債権目録(略)のとおり)のうち、水野についてはその約六割に相当する二五万円(水野については、(証拠略)により家族手当の支給がないから、扶養家族はないものと認める。)、森本及び山田についてはそれぞれその約八割に相当する三三万円、青山についてはその約八割に相当する二七万円につき、仮払いの必要性を認めるのが相当である。
ところで、(証拠略)によれば、債権者らは、債務者が債権者らのために供託した解雇予告手当(水野について三八万四一五九円、森本について四一万五二五四円、山田について四〇万八七一六円、青山について三四万三七八九円)について、四月分給料相当額として還付を受けたことが認められるから、平成四年四月分については仮払いの必要性は消滅したというべきである。
なお、債務者は、水野及び山田について、失業保険金の支払を受け得る状態になっているから保全の必要性はない旨主張するが、これは、右債権者らが債務者から支給される賃金の支給を停止され生活に困窮したためにやむを得ずとった措置であると認められ、右債権者らは、本件仮処分が認容された段階で受給した失業保険金を返還する意思を表明しているから、右保険金受給の事実をもって保全の必要性が消滅したとはいえない。
六 以上のとおり、債権者らの本件仮処分申立ては、主文の限度で理由があるからこれを認容するが、その余の申立てはいずれも理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 福田晧一 裁判官 潮見直之 裁判官 菱田泰信)